新年のご挨拶

 正月は冥土の旅の一里塚
 めでたくもありめでたくもなし

 75年も生きていると、盆や正月が楽しいとか嬉しいと言うことはない。 そして、75歳になると後期高齢者の仲間入りをする。 体力の衰えが顕著になり、集中力もなくなる。 仕事をしなくても、非難されることもない。 後ろ指を指されることもない。 とは言うものの、国民年金だけでは満足な暮らしは出来ない。 生活費のために仕事を頑張らなければならない。 後期高齢者ともなれば、平穏に暮らして静かにお迎えを待つ態度と、家族に迷惑をかけずに死にたいと言う覚悟が必要とされるのだが、まだまだ現役で働かなくてはならない。  

 四十にして不惑
 五十にして天命を知る

 2000年に仙人温泉小屋の売買契約書を交わして、山小屋経営をすることになった。 五十歳になった時だった。 その時に、天命を知った。 山小屋は簡易宿泊所と区分されて、食品衛生責任者の資格を取得しなければらない。 環境大臣の印鑑の捺された許可証も必要である。 役所の許可を得るのには、多大な事務処理能力と気力が必要である。

 さて、山小屋の経営であるがなかなかに大変である。雪崩のために傷んだ小屋の修理。宿泊者のために用意する食事の調理。布団干し。登山道の整備。飲料水と温泉の管理と修理。トイレ掃除。発電機の燃料補給にオイル交換。怪我人の救助などなど、多用多忙である。 幸いなことにボランティアのスタッフが数人いてくれるので何とか経営が成り立って来た。 が、令和2年からのコロナ禍で小屋は休業を余儀なくされた。 令和6年からは能登半島地震で黒部峡谷鉄道が不通になった。 豪雪地帯の仙人谷である。 冬期間は5、6メートルの積雪に小屋は埋もれてしまう。 3年も4年も休業していれば、小屋は雪に押し潰されてしまう。 が、宿泊者のいない山小屋を維持するだけの金銭的余裕はない。 泣く泣く廃業を決意した。

 廃業をするのにも役所への手続きが欠かせない。 小屋の解体には環境省の承諾が必要。 保健所には廃業届。森林管理署には返地の検査願い、などがある。 解体した小屋の廃材を5年かけてヘリコプターで扇沢に下ろした。 小屋の敷地を整地して、森林管理署に返地手続きをする寸前になった時に、仙人温泉小屋を引き継ぎたい、と言う人が現れた。

 25年連れ添った仙人温泉小屋を穏やかに、静かに成仏させるつもりだった。 登山道の整備中に雪渓の崩壊に巻き込まれて一週間寝たきりになった事が三度ある。 その度にスタッフに助けられた。 辛い思い出もある山小屋だが、楽しいこともそれ以上にある。 だから愛着がひとしおである。 後継者が仙人温泉小屋を存続してくれるなら、こんな嬉しいことはない。 令和9年には引き継ぎ手続きが完了する予定である。 75歳の体力では山小屋の激務をこなすことはできない。 でも手伝いならできそうである。 身体の許す限り仙人温泉小屋に寄り添って生きていたい。 楽しい思い出を沢山山小屋からもらって、冥土への土産話しにしたいと思っている。 

仙人温泉小屋主 高橋重夫 2026年1月1日掲載 T-268

仙人温泉小屋

北アルプスの山小屋【休業中】です。 上は剱岳、下は黒部川、その中腹にあります。 仙人谷の噴気孔から温泉を引きます。 雪深いため夏期のみの運営になります。